津軽百首(雪解けの頃)

空青し 津軽の里の 雪は消ゆ 眠りし大地 今ぞ目覚めよ

そらあおし つがるのさとの ゆきはきゆ ねむりしだいち いまぞめさめよ

鉛色の空が青空に変わり、津軽平野の雪も消え始めました。
岩木の神が眠らせた大地よ、いよいよ目覚めの時です。

津軽百首(初雪の頃)
冬枯れの 色なき里に 袖返し 岩木の神は 雪をふりつむ

こちらの二首は、対となっています。

岩木の神が雪を降らせ眠らせていた大地に、
雪解けとともに目覚める時が来たという歌になっております。

津軽の冬独特の、
重苦しい鉛色の空ではなく、
清々しい青空が春の訪れを告げ。

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その空が連れてくるのは、
柔らかく暖かい日差しと風。

ゆっくりとゆっくりと、
目に見えないところで雪を溶かし、
気がつく頃にはすでに春爛漫。

眠っていた大地も目をさまし、
ここから生命力溢れる豊かな緑が生まれます。

そう、
あの白一色だった世界に、
また新たな色に染まっていくのです。

また今年も無事に春が来て、
忙しい農作業の日々が始まります。


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津軽百首(津軽飴)

割り箸で くるくる練るは 津軽飴 無口な祖父との 遠い思い出

わりばしで くるくるねるは つがるあめ むくちなそふとの とおいおもいで

無口で穏やかな祖父と、大好きな津軽飴を割り箸で練る静かな時間。
あの赤い缶を見ると、今でも当時を懐かしく思い出します。

津軽飴。
赤い缶の中いっぱいに、
琥珀色の飴。

南部せんべいに挟んで食べることもありますが、
根っからの津軽人だった祖父母は、
割り箸でくるくると練ってから食べていました。

無口で穏やかな祖父が、
嬉しそうに缶を開けて取り出す姿に、
幼い頃の自分も嬉しくなったことを思い出します。

生クリームたっぷりのケーキのような華やかさもなければ、
和菓子のように繊細な色使いがあるわけでもない。

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見た目も味も、本当にシンプルな津軽飴。

それはまるで、
厳しい津軽の土地で生きた祖父母のようでもあります。

今年の連休に帰省した時は、
祖父母が眠るお墓にお供えしよう。

そして、娘にも食べさせてあげたいな。

「ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんが大好きだったんだよ」と話しながら。


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津軽百首(あばのけの汁)

下燃ゆる 炭を返すは 囲炉裏の間 ぐつぐつ湯立つ あばのけの汁

したもゆる すみをかえすは いろりのま ぐつぐつゆだつ あばのけのしる

下燃えの炭をひっくり返すと、おばあさん特製のけの汁がぐつぐつと煮立ってくる。

田舎ならではのお話だと思うのですが、
奥津軽に行けばいくほど、
未だに「本家」「分家」という概念が色濃く残っています。

私たちの世代までくると、
そこまでのしがらみはなくなりますが、
幼き頃はそれこそ、
冠婚葬祭の場面ではいろいろとありました。

そんな私の実家の本家は、
古い趣の残る日本家屋。

りんご畑をたくさん所有し、
たくさんの従業員と共に、母がそこで働いていました。

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親戚ということもあり、
私はよく本家に遊びに行っては、
本家の子と遊んだり、おばあさんとお話をしたり。

りんご畑でお手伝いをしたり、
小休憩のおやつの時間にお菓子をもらったりしてました。

そんな本家は、
台所とは別に囲炉裏の間がありました。

おばあさんが鉄鍋でけの汁をよく作っていて、
もうもうと煙る湯気と、
味噌の香りや炭の音がまざった、
なんともノスタルジックな情景。

「あばのけの汁」の「あば」は、
「おばあさん」という意味になります。

今はもう本家も変わってしまったのですが、
炭火を見るとあの囲炉裏の間を思い出し、
心がほっこりとあたたかくなります。


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津軽百首(白鳥の飛来)

冬籠り 訪ひ人の 跡も消ゆ 氷居る田に 白鳥来たる

ふゆこもり おとないひとの あともきゆ つららいるたに しらどりきたる

冬になり人の行き来も少なく、その足跡も雪に消えてしまうが、氷の張った田んぼには白鳥が訪れる。

冬になれば、
雪が積もった田畑で行う作業は、
雪解け前の剪定までほとんどありません。

その分、
家の中では出荷作業や、
出稼ぎに出かけたり、雪かきなどをして過ごし、
厳しい冬は過ぎていきます。

冬籠りという名のように、
今ほど便利ではなかった昔であれば、
よほどの用がない限りは、
訪れる人もなく、その足跡もすぐ雪に消えます。

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ひっそりと静けさに包まれますが、
雪が降り積もり凍った田んぼには、
白鳥が何羽も訪れるのです。

そして、春になればまた、
故郷へと旅立っていきます。

寒さの中でも元気な白鳥。
近寄ることはできませんが、
津軽の冬に来る訪問者なのです。

 


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津軽百首(津軽への祈り)

出づる日よ 若芽吹かせよ 木々に花 神の恵みを 我が故郷に

いづるひよ わかめふかせよ きぎにはな かみのめぐみを わがふるさとに

陽の光よ、若芽を育て木々に花を咲かせておくれ。岩木川よ、神の恵みをどうか私の故郷に。
(めでたいと言われる「づ(つ)る」と「かめ」、そして岩木川は折句として詠んでいます。)

津軽の歴史は、
岩木川とやませとの戦いでした。

治水工事が行われるまで、
数え切れないほど氾濫が起き、
数年おきに訪れる冷夏は、
農作物において壊滅的な被害をおこしました。

それは、
けがち(飢饉)として容赦なく村を襲い、
悲しい歴史となりました。

だからこそ、
津軽には神社仏閣が多くあります。

物悲しさがとことなく漂う津軽の地は、
こうした時代背景から来るものも多いのかもしれません。

 

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首としては、
表向きは「陽の光」として冷害が起きないよう、
日の神さまへの祈りとなっています。

「出づる」の「づる」に「鶴」を、
「若芽」の「かめ」に「亀」で縁起がよくなるように。

そして、
頭文字を見ていただくとわかるように、

「い・わ・き・か(が)・わ」と折句にしています。

日の神さまと共に、
岩木川への祈りも込めてみました。

先人たちの厳しい戦いに敬意を表すとともに、
その御霊が安らかであられるよう鎮魂の祈りと、
深い感謝の気持ちで詠んだ首です。

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