秋の夕暮れ

紅葉を いとあざやかに 照らす陽や 宵の冷たさ ひそむその影

もみぢばを よりあざやかに てらすひや よいのつめたさ ひそむそのかげ

色づいた紅葉を、より鮮やかにする秋の夕暮れ。
その影はもうすでに夜の冷たさを物語っている。

秋の夕暮れは、
なぜこうももの寂しいのだろうか。

暮れる陽は、
より紅葉を映えさせているというのに。

赤はより赤く。
黄は橙に。

色濃く鮮やかになっているはずなのに、
それすらも寂しく思わせる。

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それはきっと、
これから訪れる宵の冷たさを纏っているから。

そして、
これから訪れる冬の冷たさを纏っているから。

だからこそ、目には鮮やかなのに、
どこかもの寂しげなのだろう。

鮮やかさを際立たせているのは影。
その影にひそむ冷たさを、きっと感じているからだろう。


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秋の気配

吹く風に 秋の気配が 忍び込み 空の高さを 確かめる朝

ふくかぜに あきのけはいが しのびこみ そらのたかさを たしかめるあさ

連日朝から蒸し暑かったのに、今朝の風は心地よく、ほんの少しだけ秋の気配を感じ、思わず空を見上げてしまった。

連日の猛暑も一旦落ち着いたようで。

今朝の風は心地よく、
少しだけ秋の気配。

もう秋なのかな?と、
すぐ空の高さを確かめる。

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昨日よりも少しだけ高い空。
昨日よりも少しだけ高い雲。

確実に秋は来ているのだと感じた朝。

夏バテ気味の体をいたわるような、
初夏とは違う寂しさを纏った心地よさが、
秋の訪れを静かに告げている。


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津軽百首(津軽の冬に 其の二・津軽弁)

しゅんしゅんど 薬缶コけっぱる 部屋の中 しんしん積もる 音コば聞いで

しゅんしゅんど やがんこけっぱる へやのなが しんしんつもる おどこばきいで

この歌は、津軽の冬(安田蝸牛さんからいただいて)の津軽弁バージョンです。

しゅんしゅんと鳴る薬缶の音と、しんしん積もる雪の音。

暖かい部屋の中では躍動感のある薬缶の蒸気が、寒い外ではしんしんと静寂の中ただただ積もる雪の音が。

「音」がメインとなっている短歌でしたので、「音コ(オドコ)」という言い方にしてみました。

「音」といえば、「しんしん積もる」のフレーズを、「のっさど積もる」にしようとも思ったのですが、そうしてしまうと元の短歌の良さが失われてしまう気がしまして。

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ちなみに「のっさど」は、なにか軽いもの(雪とか砂とか枯れ草とか)がたっぷりというイメージ。
「がっぱど」になると、「のっさど」のような軽さよりも、重さを感じるほどたくさんというイメージ。

私の「津軽の冬に(津軽弁)」で「がっぱど」を使っているのは、軽そうに見えても綿雪は水分を含んでいるので、つもり続ければ重くなる…という意味で使っています。

改めて、津軽弁にして短歌を詠み直してみると、さらに津軽の情景に近づく感じがします。

最近、少し更新ペースが落ちていますが、お時間のあるときにまた読んでいただけたら幸いです。

最後に、安田蝸牛さん、改めてありがとうございました!


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