ざわざわと 麦の穂ゆれる 五月晴れ 吹き抜ける風 心も軽く
ざわざわと むぎのほゆれる ごがつばれ ふきぬけるかぜ こころもかるく
五月晴れの日に、麦の穂がざわざわと揺れている。通り抜ける風は心すら軽くしてくれるようだ。

梅雨に入る前のこの時期。
空は晴れわたり、通り抜ける風が心地よい。
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ざわざわと揺れる麦の穂は、海の波のように揺らめていている。
爽やかなこの季節。
この軽い心で、なにか新しい事を始めてみようか。
ざわざわと むぎのほゆれる ごがつばれ ふきぬけるかぜ こころもかるく
五月晴れの日に、麦の穂がざわざわと揺れている。通り抜ける風は心すら軽くしてくれるようだ。

梅雨に入る前のこの時期。
空は晴れわたり、通り抜ける風が心地よい。
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ざわざわと揺れる麦の穂は、海の波のように揺らめていている。
爽やかなこの季節。
この軽い心で、なにか新しい事を始めてみようか。
しとしとと ふるあめうけて たれさがる あおばきらめく しずかなるごご
しとしとと雨が降り続いている。その雨粒を受けて青葉が垂れ下がる姿を、ぼんやりと雨音を聞きながら眺めている静かな午後。

雨は苦手だ。
ジメジメするし、傘を使うし、靴は濡れるし、洗濯も干せない。
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だが、雨粒を受けて垂れ下がる葉を見ていると、雨も悪くないと思う。
雨音だけが響く静かな午後。
テレビも消して、携帯もマナーモードにし、少しだけ窓をあけてみる。
雨音がすべての音を吸い込んでくれるような静けさ。
こんな午後なら、雨もいいものだ。
なにもかも いやになるほど つかれても すべてをすてる ゆうきももてず
何もかもが嫌になるほど疲れているというのに、それでも、全てを捨てて自由になろうとする勇気も持てない。

嫌なことは重なるものだとはよく言ったものだ。
まさに、疲れているときに限って、気が滅入るような事ばかり起こる。
何もかも投げ出せば楽になるのだろうか。
何もかも捨てれば楽になるのだろうか。
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そんなことを考えても、実際に行動に起こす勇気もない。
ならばせめて、この気持ちだけは自分で受け止めてあげよう。
つらい、くるしい、この思いは、誰に理解されずとも、私だけは理解しよう。
人生は喜怒哀楽からできているのだ。
たまにはこの感情を味わうのもまた、人生の醍醐味だと今は信じよう。
せめてもと とけいのはりを もどしても すぎたじかんは もどるでもなく
時間が戻せないのは知っているが、せめてもと時計の針を戻してみた。
こんなことで時が戻るわけはないのだから、時間は大切にしなければならないのだ。

時間は戻るはずもないと頭ではわかっているのに。
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それでも、その現実にあながおうとして、時計の針を戻してみる。
こんなことをしても戻らない。
もう、過ぎた時間は戻ることは絶対にないのだ。
だからこそ、一秒一秒に意味があり、尊いのである。
時間を大切にしようと、改めて思う。
よるのうみ ほしのひかりは うつらねど ゆらゆらゆれる みなとのあかり
夜空で輝きを放つ星の光も、夜の海の前では映ることはない。しかし、港の灯りはゆらゆらと揺れ動いている。

その昔、満天の星空は、明るさすら感じられるくらいであっただろう。
もしかしたら、その光は夜の海すら照らすことが出来たのかもしれない。
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でも今は、地上の方が明るくなってしまった。
星の光も街の灯りの上の方しか見られなくなった。
少なくなったわけでもないのに。
眩いばかりの港の灯りは、夜の海を照らし揺らめいている。
何とも不思議なものだ。