津軽百首(津軽の冬に)

しゅんしゅんと 薬缶息まく 奥津軽 しんしん積もる 雪は重なり

しゅんしゅんと やかんいきまく おくつがる しんしんつもる ゆきはかさなり

厳しく雪深い奥津軽の冬。降り続ける雪は全ての音を吸い込んで、ただストーブの上の薬缶の蒸気音だけが響いている。

津軽百首(津軽の冬に・津軽弁)もぜひ読んでいただけたら幸いです。

奥津軽の冬は厳しい。

晴れの日は数えるほどしかなく、
重苦しい鉛色の空に、
しんしんと、
そして暴風とともに吹き荒れる雪。

冬になると閉鎖的になり、
道行く人も言葉少なく、
みな家路を急ぐ。

そんな厳しい外とは対照的に、
家の中は暖かい。

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石油ストーブの上には、
しゅんしゅんと蒸気を上げる薬缶。

その蒸気が湿った暖かさになり、
冷え切った体をじんわり温めてくれる。

しんしんと降り積もる雪は、
そのすべての音を吸い込んで静寂をもたらす。

青白い世界の中で、
ただしゅんしゅんと薬缶の音だけが響く。

厳しくも温かい、
奥津軽の冬。

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秋に急く心

はらはらと 落つる紅葉に だんだんと 短くなる陽 心せわしく

はらはらと おつるもみじに だんだんと みじかくなるひ こころせわしく

はらはらと落ち続ける紅葉や、日に日に短くなる陽を目の当たりにすると、どうしようもなく心がざわめいて忙しくなってしまいます。

はらはらと舞い落ちる紅葉が、
遊歩道を色鮮やかに染める。

夏至を境に短くなっているはず陽も、
やたら落ちるのが早くなっていく。

夜が長くなることも、
肌寒くなることも、

当たり前のことなのだけれど。

それでも、
この時期はどうしても
こころがざわめいて、
せわしくなる。

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秋の夜長も、
侘しさがます山々も、
大好きなはずなのに。

それは、

過ぎ行く時の早さが、
目に見えすぎる時期だからなのかもしれない。

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津軽百首(藁焼きの頃)

藁焼きの 煙たなびく 津軽野は 母なる岩木の 山河に護られ

わらやきの けむりたなびく つがるのは ははなるいわきの さんがにまもられ

藁焼きの煙が津軽平野一面を包み込んで幻想的な世界にも見えるこの時期。
豊かな実りを与えてくれる津軽平野は、母なる山である岩木山と岩木川に護られています。

農家の秋は忙しい。

様々な秋の実りが重なるので、
本当に忙しい。

しかし、
豊かな実りを前にして、嬉しくないわけがない。

その証拠に、
収穫する人々の声は大きく朗らか。
澄み切った空に、笑い声とラジオの音が響き渡る。

夕暮れ時になり、
一仕事を終えて皆が帰り支度を始めるころ。

藁焼きの煙が夕暮れ色に染まり、
あたりはぼんやりと幻想的な色合いになる。

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風は涼しさを通り過ぎ肌寒くなり、
あっという間に陽が落ちるのを知っている分、
最後の方は駆け足で急ぐ。

そうして、家に戻り、
今度は蛍光灯の下で出荷作業。

故郷の津軽平野は、
岩木山と岩木川に護られている場所。

今は遠く離れているけれど、
この時期になると、あの光景を思い出す。

大好きな、大好きな秋。
秋の恵みを授けてくださり、ありがとう。

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枯れ葉の訪問者

カラカラと 扉たたくは 赤と黄の 色鮮やかな 訪問者たち

からからと とびらたたくは あかときの いろあざやかな ほうもんしゃたち

カラカラとした乾いた音を玄関先に響かせているのは、赤や黄色の色鮮やかな枯れ葉の訪問者たちでした。

9月も下旬に差し掛かると、
残暑は息をひそめて秋の装い。

人も街も、秋色に色付く中、
我が家には少しだけ早い訪問者がきたようです。

それは、
赤や黄色の色鮮やかな枯れ葉たち。

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カラカラと乾いた音を響かせて、
今日も元気に扉をノックしています。

でも、まだ周りの木々は緑のまま。
一体、どこから来たのでしょうか。

少しせっかちな枯れ葉の訪問者。
秋本番は、すぐそこだと教えてくれた気がしました。

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見えずとも存在するもの

目に見えず 触れることすら 出来ぬもの 想いも風も ここに在るのに

めにみえず ふれることすら できぬもの おもいもかぜも ここにあるのに

目で見ることも触れることすらできないのに、人の思いや通り過ぎる風は確かに存在しているのです。

目に見えるものが全て。

もし、そうだとしたら、
どれだけ悩まずにすむのだろう。

目に見えるもの、
触れられるもの。

この世界は、それだけで出来ていない。

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目に見えずとも、
触れられずとも、
確かに風は吹いているし、
想いは存在している。

同じように、
目に見えていても、
触れることができたとしても、
気に留めなければ、
存在しないと同じである。

心ひとつで変わる世界。
とても不思議な、この世界。

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