為すべきを 為さんとすれば たちまちに 開けるものが 道なのだろう
なすべきを なさんとすれば たちまちに ひらけるものが みちなのだろう
自分がやらなければならないこと、そのことに気がつき始めようとしたときに、雲から光が差し込むように開けていくものが、人生という道なのだろう。
実家に帰省するたびに思う。
幼い頃、みんなの笑い声が聞こえていた畑が、
どんどん更地になっていく。
問題は、後継者不足。
それは全国的に起きていることであり、
何も私の実家近辺のことだけではない。
大地の恵みに感謝をし、
日々の糧を得る農業はとても大切な仕事。
だけど。
農家の娘だったからこそわかる。
自然を相手にするということは、
往々にして自分の力の届かない部分がある。
どれだけ頑張っても、
どれだけ予測して予防線を張っても、
自然の力の前には、無力に等しいということを。
それでも、
私は農業が好きだし、
育ててくれた大自然が好きだ。
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ゆくゆくは、
それを生業にできたらとも思う。
私ができること。
私だからできること。
似ているようで、
どこか違うこの言葉。
ITの技術を職としてきた私だからこそ、
もしかしたらできることがあるかもしれない。
個人がどうこうできるレベルではない。
たとえ、焼け石に水だとわかっていても。
それでも。
雨だれ石を穿つ。
そう信じて、私は為すべきことを為そう。
そうしてできた道は、
きっと誰かが広げてくれるはずだから。
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